日本の旅 - INDEX
原付のリトルカブで走れる国道1号~507号まで全て走り、同時に道の駅も全駅訪ねる究極の旅。 2009年4月スタート。原付で走れる国道全線を走り、道の駅は合計1002駅を訪ねて2014年5月ゴールした。走行距離は10万6千キロ。旅した期間は合計706日間に及んだ。
ホンダのエイプ100に妻とタンデムで北は北海道から南は沖縄まで日本列島を縦断した。 目的は2つ、1つは全国各地に生きる巨木を訪ねること、もう1つは全国の麺を食べつくすこと。印象的な巨木は「あがりこ大王」「縄文杉」「北金ヶ沢のイチョウ」。麺は「喜多方ラーメン」「博多ラーメン」「讃岐うどん」。79日間9,000kmの旅だった
モバイルパソコンを持って現地で旅日記をwebで発信しながらバイクで日本一周。さらにホームページのアクセス数によって使える資金が決まるというルール付きの旅。 当時はまだブログもWifiもなかった時代。公衆電話にパソコンのジャックを差し込みネットに接続。料金はテレホンカード払っていた。全国からメールをいただき、初対面の人の家に何度もお世話になった。リアルとネットが融合した新しいスタイルの旅となった。198日間23,000㎞の旅
旅資金10万円だけで日本一周はできるかというチャレンジツーリング。 相棒のバイクは最も燃費がいいホンダのスーパーカブ。食事は自炊が中心、泊りは野宿かキャンプ、時々友人の家。風呂は安い公衆温泉。出費の一日平均が1156円(内食費が534円)の超節約旅。沖縄は行けなかったが、計74日間13000㎞、出費85,909円で日本一周を果たした
日本の旅とその道程
サイクリングに熱中していた中学生時代の夢は日本一周だった。22歳でデザイン事務所に就職、その後も夢が諦めきれず1年半後に退職をしてバイクで日本一周を実現した。日本一周では普通の生活では出会えない様々な人と出会い、特別な時間を過ごした。この旅で幸せはひとつではないこと、生き方を決めているのは自分自身であることを知った。その後、日本の枠では収まらず世界へ飛び出していった。
1990年~92年に世界一周、94年にアジア横断。これらの旅の体験から違う視点で日本を旅してみたいと思った僕は、1995年に資金10万円で日本一周はできるか!?というチャレンジ旅行を計画した。バイクはガソリン代を節約するため燃費のいいスーパーカブ。宿泊はテント、食事は自炊、全国の友人との再会を果たしながら全国を巡り歩いた。フェリー代が足りず沖縄県は断念したが、74日間、約8万6千円を使て日本一周。お金を贅沢に使うこと以上に、何事も前向きに楽しめる心を持つことが大切なことを知った。
インターネットが普及し始めた2000年。旅とネットを融合させられないか?と思い、旅の様子を毎日ネット発信をしながら日本一周する旅インターネットジャーニーを計画した。旅に「HPのアクセス数=使える資金額」という特別ルールを加えることで、誰もが参加できる内容にした。 スタートするとこれまでネットで繋がっていた人たちが、ネットを超えて僕の前に現れたり、地方の有志たちが各地でキャンプオフ会を開催するなど、予想以上のことが次々に起きた。ネットを通じて日本全国のリアルな人たちと繋がって行く、インターネット時代だからできる新しい旅を実現した。
2002年には夫婦タンデムで日本縦断の旅を実現。夫婦で行く日本の旅は初めてなのでとても新鮮だった。北は北海道から、南は沖縄の西表島まで。全国各地の巨木に会い、全国の名物麺料理を食べ歩いた。
電動バイク世界一周の途中、究極のバイクの旅は何か!?と考え発案、計画したのが「高速道路の全上下線走破と全サービスエリアとパーキングエリア訪問」「国道全路線と全道の駅訪問」する旅だった。まず2007年に高速道路の旅を実行。電動バイク世界一周を終えた翌年2009年から足掛け6年をかけて、原付バイクで走れる国道を全て制覇、さらに道の駅(当時は1002駅)を訪問する国道全制覇を実行。2014年にやり遂げた。